「西池尻町の石垣」の版間の差分
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2023年9月27日 (水) 18:41時点における最新版
所在地
- 橿原市西池尻町494―62 S邸 外廻り石垣に刻載(旧・岡橋万帆邸)
- 近鉄南大阪線橿原神宮西口駅北側に出て突当り北へ四筋目西入二軒目 曲り角の東側に懿徳陵の堀が残る
- テンプレート:侵入注意
- 歌碑の場所はこの辺りかと思われるが不明
歌碑番号:奈良―250
玉襷 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞えず 玉桙の 道行く人も 一人だに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名喚びて 袖そ振りつる |
- 出典:万葉集 巻2-207(後部分)
- 作者:柿本人麻呂
- 自然石(125×90)文字刻載の範囲(65×50)
歌碑番号:奈良―251
大君は 神にしませば 赤駒の はらばふ田井を 都となしつ |
- 出典:万葉集 巻19-4260
- 作者:大伴御行
- 自然石(120×70)文字刻載の範囲(55×45)
歌碑番号:奈良―252
吾背子を 大和へやると さ夜更けて あかとき露に 吾が立ちぬれし |
- 出典:万葉集 巻2-105
- 作者:大伯皇女
- 自然石(150×90)文字刻載の範囲(80×65)
歌碑番号:奈良―253
畝火の この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さびいます |
- 出典:万葉集 巻1-52(一部)
- 自然石(100×85)文字刻載の範囲(55×50)
歌碑番号:奈良―254
大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬らせるかも |
- 出典:万葉集 巻3-235
- 作者:柿本人麻呂
- 自然石(95×85)文字刻載の範囲(50×45)
外部リンク
脚注
参考文献
- 田村泰秀、富田敏子 編『萬葉二千三百碑』万葉の大和路を歩く会、2018年、10, 11頁。