「和爾下神社の歌碑2」の版間の差分

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2023年9月3日 (日) 18:37時点における版

和爾下神社の歌碑は奈良県天理市の和爾下(わにした)神社には以下の歌碑がある。

所在地

  • 天理市櫟本(いちのもと)町2430
  • 天理―奈良間のバスの櫟本バス停すぐ。又は桜井線櫟本駅東へ約1km
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鳥居横の歌碑

歌碑番号:奈良―196

鳥居横の歌碑

碑文

さす鍋に 湯沸かせ子ども 櫟津(いちひつ)の
檜橋(ひばし)より来(こ)む 狐(きつ)に浴(あ)むさむ
白文表記
  • 出典:万葉集 巻16-3824
  • 作者:長意吉麻呂

碑の概要

  • 揮毫者:写本(西本願寺本)
  • 建碑:平成12(2000)年2月
  • 自然石(123×151)左に副碑(81×200)銘板(40×150)貼付け

ギャラリー

所在地

  • 国道の赤鳥居内側の広場
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外部リンク

人麻呂「歌塚」

歌碑番号:奈良―関連A

人麻呂「歌塚」

碑文

人麻呂「歌塚」

碑の概要

  • 揮毫者:沙門元養
  • 建碑:享保17(1732)年3月18日
  • 切石(H約240) 「柿本寺僧森本宗範等建」との記述

ギャラリー

所在地

  • 神社の参道途中左側の広場内の大樹の下
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外部リンク

参道の歌碑

歌碑番号:奈良―上代1

参道の歌碑

碑文

石(いそ)の上(かみ) 布留(ふる)を過ぎて 薦枕(こもまくら) 高橋過ぎ
物多(ものさは)に 大宅(おほやけ)過ぎ 春日(はるひ) 春日(かすが)を過ぎ
妻隠(つまごも)る 小佐保(をさほ)を過ぎ
玉筍(たまけ)には 飯(いひ)さへ盛り
玉?(たまもひ)に 水(みず)さへ盛り
泣き沾(そぼ)ち行くも影媛(かげひめ)あはれ

石(いそ)の上(かみ) 布留(ふる)を過ぎて 薦枕(こもまくら) 高橋過ぎ
物多(ものさは)に 大宅(おほやけ)過ぎ 春日(はるひ) 春日(かすが)を過ぎ
妻隠(つまごも)る 小佐保(をさほ)を過ぎ
玉筍(たまけ)には 飯(いひ)さへ盛り
玉?(たまもひ)に 水(みず)さへ盛り
泣き沾(そぼ)ち行くも影媛(かげひめ)あはれ
  • 出典:書紀歌謡 94
  • 作者:影媛

碑の概要

  • 揮毫者:清水 明峰(書家)
  • 建碑:平成2(1990)年2月18日
  • 自然石(192×111)枠取凹磨(161×88)

ギャラリー

所在地

  • 神社参道を拝殿の方へ進む
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外部リンク

脚注

参考文献

  • 田村泰秀、富田敏子 編『萬葉二千三百碑』万葉の大和路を歩く会、2018年、5, 6頁。